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【特別版】園長ブログ 長崎ぽんぽん保育園
ぽんぽん先生ブログ年中は音楽会でオペレッタを行うが、スポーツ大会で皆の前で競技を行うことを拒んだ一人の男児の練習参加の動向が一番の気掛かりであった。
今年は意図的に昨年と同じオペレッタの演目だが、取り組み方に変化を持たせた。年長児が年中児の配役を決める(希望の役が既にある場合はそれを尊重)、それを年長児が年中児に配役発表をする、指導者になる、当日はスタッフとして動く(年長児が演者として脚光を浴びる日は後に予定している)。大抵どこの園でもこれら全ては担任が行うことだが、敢えてそれを年長児に任せてみた。これは昨年度からの長期計画で、次年度の目論見もあり昨年度の音楽会の内容を決めていた。今年度は来年度の為でもある。そんな立派な思いはあったが、実際はどんな道を進むのか私も大変不安であった。そんな思いを抱えながらも、職員全員や幼児職員(2歳児含む)と何度も話し合いを重ね、音楽会の教育的意図、目的、私達が目指したいこと、園長としての意向と信念の理解、職員との意思疎通を図り最終決定を下し取り組み始めた。
先ずはスタッフに徹する年長児全員に相談することにし、「オペレッタの役を決めたいんだけど、やりたい役がない子にどれをやってもらえばいいのか先生達悩んでいるんだよね・・」。そんな悩みを聞いた年長児は矢継ぎ早に発言し出した。既に昨年を経験している年長児の勢いと有能感はとてつもなく凄まじいもので、その会議は私達保育者の想像のはるか上をいっていた。私が主導をして持ちかけた年長児全員との話し合いの場だが、幼児職員の全員が参加しその一部始終を見守っていた。「確か○○ちゃんは○○の役をやりたいって言ってたよ」「〇〇ちゃんは○○の役が似合っていると思う」など、私達大人が拾いきれていなかった年中児の呟きや心の声、経験したことがあるから言えることなどを次々に発言していた。気持ちよく進んだ会議だったが、冒頭に伝えた男児が、果たしてこの役でこの環境でどこまで自己肯定をし「皆の一員」として発表会当日までの道を歩めるのか・・とても心配であった。しかしこの凄まじい年長児の熱い指導が翌日から始まり、あれよあれよと押され流され、その消極的だった年中男児はなんと練習に参加した。その男児の、かすかでわずかな機微な心の動きを逃さないようにと幼児職員に伝え、私も練習場にはなるべく参加し、私が気づいたこの男児の心もちや周囲の様子を、その都度、職員に伝え、そのかすかな表情や手や体のわずかな動きに皆で喜んだ。年長児が作り出した行事に向かっていく雰囲気と、私達では成し得なかったその男児への養護の働きに感謝が溢れてくる。
この男児と年長女児(なんとこの年長女児は話し合いの場で、人数が足りない役に「私やってあげる」と立候補してくれた。)の成長記録は私が書きたいと思い(こんなすばらしい場面に直面したので自分で書きたかった)それを書くことは職員に伝えた。幼児職員にはこの過程を細かく掲示や送迎時に保護者と共有すること、当日大勢のお客さんを前に参加を拒んだとしても私達や家庭、周囲の大人全員がその子の歩んできた道を誇れるように私達で演出していくことが大事だということを園長として感じていることも伝えた。行事というものはそこまで深い意味を成すものであり、それを十分理解した上でなら危険なものではないと私は感じている。その私の信念を職員に伝えるには、それ相応の技術が必要なのも確かであり、日々技術向上に努めなければならない。
「子どもが子どもに伝授する」このプロジェクトには様々な愛情を心や表情、言葉や知識で取り囲んでくれている職員が存在することも忘れてはいけない。職員達に次から次へと立ちはだかる壁にぶつかった時の苦悩は計り知れないものであることも十分理解しているが、横の繋がりがそれを解決できる力を蓄えていることも知っている。それでも困難な場合は、乗り越えるための方法や技術の相談を私に持ち掛け、私の提案や意図を受け入れ素直に実行する心があることが素晴らしい。そして何よりも毎日の保育を楽しんでいる、これが保育者として一番あるべき姿だと私の経験から強く思う。
今回の音楽会は0,1,歳児は不参加であるが、そこの職員達も協力を惜しまない、そんな職員同士の関係を4月からのメンバーで構築してくれたことにも園長として大変感謝している。この絶え間なく続く毎日の保育に、絶え間ない愛情と信念を職員全員で注いでまた明日を迎えよう。
園長 佐藤由美子